烏鹿庵-react-

烏鹿(うろく)の駄々洩れ?

休めたかどうかわからない三連休

(とりあえず)どうも、お久しぶりです。いつものエントリです。

呑み

  • 1/25:横浜 26:月島 30:浜松町 31:神保町 2/2:六本木 8:池尻大橋 9:池袋
    • 期間開けるとここに書く場所が増えているのは気のせいです。
  • 初めての人に会った。20人弱。
    • 殆ど自分より若い方。元気があって自信に満ちてた。
  • かなり懐かしい人とまた会う約束をした。
    • 来月平日に池尻の予定。私より相手の予定次第なのでやるかどうかもわからない。でも彼とはゆっくり呑みたい。

体調

  • 隔週程度で歯科通い中。完治は4月位かな?
  • いつも通り微熱気味のような気がしてる。
    • 昨日はIKEA港北に付き添いで行ったんだけど、そこで風邪をもらったか埃を吸ったかで鼻が壊れた。ダム決壊。穴の周りが火事のように赤い。そのうち皮が捲れるだろう。

物欲

  • やはりEeePCが気になってしょうがない。展示物を直に触って来たが、工人舎よりもASUSかな。
    • ビックカメラで聞いてきたら白より黒の方が入ってこないんだそうな。見た目は黒の方がいいしなー。水月さんのレポ見て我慢するか。でもとりあえず予算組もう。
    • そうなるとリナザウがうくんだよなぁ。リナザウでCソースのコンパイルが出来ればいいんだが。調べるか。

ゲーム

  • ファミコンウォーズDS(ノーマル)をクリア。
    • 放置しすぎたな、これも。
  • やっと俺の屍を越えてゆけPSPで始めている。
    • 今の所「烏鹿一族」に死人でてない!でもそのうちばったばったと死んでいくんだよなー。

読書

その他

色んな人に影響受けて創作物を書いてみた。文章構成とかに難あるのは自覚しているけど、ここまで酷いまま置こうと思ったのは我ながら「やっちゃったなぁ」と思った。でもその場の勢いって大事な事もあるよなぁと思い直す事にした。


あと、こないだ

垂れ流しでも、誰かの見える所で自分の言葉を示す事で、自分の考えに反応する人も出てくるし、その反応をフィードバックする事で自らを磨く事も出来る。反応してくれる人はその人の持っている時間をわざわざ消費してくれているわけだ。その分感謝せなあかん。ただ、全て聞き入れる必要は無く、自分の取捨選択で取り入れればいい。全て自分の実になるわけでなく、全てが自分にとって毒になるわけでないんだから。

なんて柄にも無い事をちょろっと考えていたんだけど、これって先日半径1クリック以内で述べていた「面白くないと言われる事」「文句言われてエントリを消す事はない」とかそう言う事に通じるかなー、なんとかこじつけられないかなーとか。


面白くないと言われる事に関してはこんな事も書いて*2いたか。

面白くないからって面白くなれというのは言う方のエゴであり、言われた方も「俺とお前は違うから」とつけ放すのもそれは受け手のエゴだよね

つまり、どーでもいい。

でも、受け手としてそれを受け取ってどうにかしようと考える事も、言う方が言う前に「もうちょっと考えてみよう」と妥協するのは大いにありだしそんなもんだとおもう。

面白い奴に「(俺のために)もっと本気出して?」と強要するのもわがままにすぎないよ

その人にはその人なりの時間の使い方を模索しているわけだから、それをわざわざ削って貰えるだけの要求を出せるのか身を振り返ってみるのも大事。

結局「俺とお前は違うんだから知ったこっちゃない」って反発されてそこで話を切ってはいおしまいーって事でもいいならその姿勢を貫くのはありなんじゃない?

自分の実にならないから切り捨てて行く姿勢は大切だけどね。

面白い人を探していく姿勢、自分の実になる人を探していく姿勢はほんと頭下がる。

ただばっさりと面白くない、と切る事と、どんな所が(自分にとって)面白くないと感じたのか伝える事の差は自分を振り返る姿勢を持っている人であればどれだけ違うのか気付くんじゃないかな?とか思ってみたり。

なんて偉そうな事言っているけど、自分にそれが出来ているかどうかに対してはちゃんとは出来ていないと思う。

うまくまとまらないので垂れ流しw

で、あと一つ。丁度上記を書いていた時に拾った言葉でも。

私は人と人とは理解し会えないものと思っています
全ての人間が違う存在です
その違いを許すことは難しい
受け入れることはもっと難しい
拒絶するのが一番簡単ですが…
しかし自分に理解できないという事は相手が少なくとも自分と違う世界を持っているということ
反りが合わない相手というのは実は気になるものです
週刊コミックバンチ 2008.02.08号 P132-133 "コンシェルジュ"内


この一群の言葉をどう捉えるか。本質は一つで、それを捉える為に足掻くなり、もがくなり、焦ってみたり、逆に楽観視してみたり。捉えきれたと思っていても、人の物差しの大きさ・縮尺が違うわけだから同じ評価にならない筈。同じベクトルを向き、同じ大きさのように見えても何かが違う。それでいいんだと思う。そうであって欲しいと思う。


(追記)
そういえばこないだ空色の小窓グループこと、skyphotoグループ(g:skyphoto)が3年目を迎えました!相変わらずキーワードの更新は怠っていますが(笑)なんとか続けられたのも参加者の皆さんの御蔭、ちょっと見に行ってくれている方々の御蔭です。この場を借りて感謝します。

*1:

ナ・バ・テア (中公文庫)

ナ・バ・テア (中公文庫)

*2:正確には"呟いて"/"漏らして"