烏鹿庵-react-

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チャイナ人とつぶやいた親の

四月になった。桜はまだ満開ではないけれど、僕の心はもう満開だった。生まれてから三十六年、胸を張って恋人と呼べる相手はいままでいなかった。それはいいように表現すると不器用といえるが、ほんとうのところは僕の臆病さと、コミュニケーション能力の欠如だった。それを痛いほど認識しながも、なかなかそこから抜け出す事ができなかった。
そんな僕に転機が訪れたのは去年のクリスマス過ぎ、職場の先輩斉藤さん(カナブンに似た人)がかけてくれたひと言からだった。
「トリさん、それともバードマンって呼べばいいかな?年末休み、どうせ暇だろうからオレと一緒にパーティーに行かないか?」
斉藤さんが誘ってくれるパーティーをつかの間、想像した。さえないおじさん十人が、同じ方向を向いたパイプ椅子に座って半笑い。つけ鼻、メガネ、帽子、きちっとしたタイミングに鳴らせないクラッカー、紙コップに注がれた気の抜けたコーラ。それはちょっといただけない。
「すみません。僕、親孝行をしたいもんで・・・また誘ってやってつかあさい」
僕の弱弱しい笑いと共に発した断りの文句に、斉藤さんはちょっとムッとした表情、独特の甲高い声で答えた。
「チミ!本当の親孝行ってなにか知ってるか。(半笑いで)しっとるけ?それは、嫁さんと孫の顔を見せること。きっと、ウチの子は変な趣味はないだろうとか、一生ひとり身で死んでいくのかって心配してるよ。オレの誘ったのは、結婚できる可能性がかなり高いパーティー。会費は一万円とちょっと高いけど、見返りはきっとあるはず。どう?」
僕は、お見合いとかねるとんパーティーとかを嫌悪してきた。なんとなく穢れた、卑怯なイメージがあったからだ。でも、いままでそうやっていろいろなものを回避してきたせいで、いまのさみしい生活に押し込まれてきたんじゃないか?そんな疑問が頭に浮かんで、自分でも不思議に思うのだが、斉藤さんに、
「ダメもとで・・・よろしくお願いします!」
そう元気よく答えていた。斉藤さんは僕の同意がかなりうれしかったらしく、僕の顔をビビビビビビビとはたいて、うれしそうに小走りでドアの外に出て行って備品にタッチし(その備品は斉藤さんのラッキーアイテムだった)戻ってきて、僕を抱きしめようと・・・したけどそこまで親しくない僕は避け、斉藤さんは床に不格好に転がった。それをみて大笑いしそうになったけれど、悪い人と思われないように唇を噛み締め、大丈夫ですかと手を差しのべた。僕の右手をぎゅっと握り締めてきたその手は、汗ばんでいた。